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東京中央区にある日本橋人形町は、
下町情緒の残る小粋な街として、かつては路地という路地から三味線の音色が響き数百人もの葭町
(よしちょう)芸者が闊歩した街
そんな花町の艶を求めて、今や東京の下町散策の
定番、古きよき下町として、ひときわ高い知名度を誇っています。 |

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人形町界隈には、「芸者新道」 「小菊通り」とも呼ばれる名裏小路があり、地元の人たちが「観音様」と呼ぶ大観音寺の脇に小粋な料理屋が何件か並び、夕暮れ時ともなると門灯に照らされた路地が実に風情を増します。
又、近くには安産・子宝の神様が祀られた水天宮や明治座・浜町公園から続く有名な甘酒横丁の通りは、江戸時代からの伝統工芸などの老舗店舗、味な老舗の店が多く連なっています。
日本橋「七福神めぐり」は全行程2時間程で、巡拝ルートは特になく、どこから参拝してもよく手頃なウォキングコースとして人気があります。
他に、せともの市・人形市・べったら市・てんてん祭など一年を通じて様々な行事が行われます。 |
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●現金つかみどり●
(空くじなし)
お中元大売り出し
人形町商店街恒例のサマーイベント
期間:6月22日〜7月10日迄
午前11:00〜午後6:00
人形町商店街協同組合
(3666)9064 |
●人形町と寄席展●
昭和45年に幕を閉じた
寄席「人形町末廣」と
「人形町寄席」を
郷土史研究家有田芳男氏所蔵の
貴重な写真や品物で
再現します
展示会:6月10日〜7月10日
問合わせ先:日本橋図書館
(3669)6207
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●第28回中央区観光大使・ミス中央選考会●
◆出場者募集中◆
申込期間:21年7月31日(金)
当日消印有効
本選会:9月12日(土)
主催:中央区観光協会
3546−6525
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●第1回「中央区観光検定」●
先日行われた23区ではじめての
中央区の観光検定の
合格者が発表されました
合格者:457名(合格率76.2%)
ちなみに最高得点は99点
◆中央区観光協会特派員ブログ◆
「中央区観光検定」の
上位合格者より認定された
特派員によるオススメ情報 |
●中央区観光大使・ミス中央決定●
先日開催された選考会で
第27代中央区観光大使・ミス中央3名が
決定しました。
今後一年間、中央区観光商業まつりを
はじめ各種イベントを通じて
中央区のPRとイメージアップに
取り組みます
◆第27代ミス中央ブログー旅じまん◆
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●日本橋百貨店イベントカレンダー●
<7 月>
◆日本橋三越本店
◆日本橋高島屋
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●中央区民文化財●
「中央区民文化財」として2件が
新たに登録されました
「明治屋京橋ビル」
登録種別:区民有形文化財 建造物
所有者:株式会社明治屋
京橋2−2−8
1933年に鉄骨鉄筋コンクリート造の
(地上8階・地下2階)
オフィスビルです
イタリア・ルネッサンス様式による
秀逸な建築デザインと
昭和初期の高度な建築技術を
反映させた近代建築です
また、民間建物で初めて
建物地階部分と地下鉄駅と一体化して
建設された現在最古のビルとして
昭和史を語り継ぐ
貴重な文化財とともに
重要な建造物です
◆ ◆ ◆
「日本橋三越本店のパイプオルガン」
登録種別:区民有形文化財 歴史資料
所有者:株式会社三越
日本橋室町1−4−1
1929年にアメリカで製造され翌年輸入
現在の本店本館2階バルコニーに
据え付けられたのは昭和10年です
現在でも毎日3回の演奏がおこなわれており
日本で唯一現存する
演奏可能な昭和初期製造の
シアターオルガンです
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●錦絵切手●
中央区にゆかりある
歌川広重等の「錦絵」を用いた
切手シートを販売中
「オリジナル切手」は東京23区
初の試みです
オリジナル切手
(1シート/10種・台紙付)
1500円
販売先:人形町商店街共同組合
(3666)9064 |
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| (人形町周辺のお店の紹介) |
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町の中心を横切る人形町通りから北東の浜町・明治座方面へと通じる小路が
「甘酒横丁」です。
戦火を逃れたために昔からの風情が残され看板に「創業数十年」という文字が見える店も多いこの通り、明治座が開かれた明治6年、この道の人形町通りに面した入口の南側に尾張屋という甘酒屋が繁盛していたために甘酒横丁と呼ばれる様になった。
当時、尾張屋の目印は、巨大な「おかめ」の看板が目印だったが、昭和28年頃に店は姿を消した。
人形町通りから浜町川を埋め立てた浜町緑道までの約300米は、明治座への参道だった。
甘酒横丁の界隈は依然として、風格のある下町であり商店街と周囲に広がる老舗の食べ物屋や飲み屋小路は今も尚、
ノスタルジィーあふれる横丁である。
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| ◆明治座 |
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明治座は、明治6年久松町で「喜昇座
」に始まり明治11年「久松座」と改称、
その後洋風建築の「千歳座」を経て明治26年「明治座」となった。
大正12年関東大震災、昭和20年東京大空襲などで焼失したが昭和25年12月に開場した。
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| ◆水天宮界隈 |
新大橋通りと人形町通りの交差点に面した「水天宮」は、久留米藩主有馬家が参勤交代の江戸詰の間に参詣するため
文政元年(1818)に久留米水天宮の分社として勧請したもの
江戸時代 神社で使った古い鈴紐を帯にしたところ安産だったという噂が立ったため江戸中から参詣客が詰め掛けた。
付近には、「御守最中」「ゼイタク煎餅」
「人形焼」「黄金芋」いずれも創業は明治・大正からという歴史をもつ老舗が多く、伝統的な お土産物が数多くある |
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江戸時代初期には、遊郭で有名な吉原(元吉原)が人形町通り東側の辺りにあった
「大門通り」はその名残りである。
「明暦3年の大火(1657)」で辺り一帯が焼失したのを機に幕府の命で遊郭は浅草の奥の吉原に、芝居小屋は猿若町に移転された。
歌舞伎小屋の中村座と市村座があり
人形芝居の小屋では、薩摩浄瑠璃(薩摩座)人形芝居(結城座)も行われていた。一般には、人形遣いが多く住んでいたので人形町と名付けられたとされているが、人形町は通りの名であった。
関東大震災の時も東京大空襲の時も奇跡的に焼失を免れたので町のあちこちには、木造家屋が残り、路地や横丁が多く残っている。
江戸時代は花街として、明治以後は水天宮の門前町として賑った。
芝居の町 演芸の町に今も残る江戸の心が感じられる歴史の深い街です。
日本橋蛎殻町・浪花町・芳町・小網町・人形町がひとつになり、現在の人形町が誕生した。1933年(昭和8年)
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地域別診療科目 病院検索サイト
[お医者さん.jp]
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- 人形町郵便局
人形町1-5-10 (3669)3025
- 中央人形町二郵便局
人形町2-15-1 (3668)1860
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